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『ウォーホルの啓示、ブルックリン美術館から』ニューヨーク・ニューヨークVOL.127

写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_01_PS11 by Brooklyn Museum

今日は、マディソンです。

ディオール展以来ですが、ブルックリン美術館にまた来ています。6月19日までアンディ・ウォーホルの展示“啓示”が開催されているので。ブルックリン美術館の場合、マンハッタンからは地下鉄で美術館前まで行けて便利なのですが、とはいえ地下鉄から歩道に上がると、まだまだ外は寒くて…。

なぜ展示タイトルが“啓示”なのかというと、ポップアートのスターというポジションのウォーホルについて一般にはあまり知られてはいないんですが、実は彼の作品にはカトリック信仰が大きく影響しているらしいんです。それもビザンチン正教という、ローマンカトリック教の分派なカトリック教だということで、彼の内面に触れる展示になりそうで、とっても期待しています。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_04_PS11 by Brooklyn Museum

今回の展示では新しく発見されたアイテムも入れて100点以上が紹介されているらしいです。

作品は7つのカテゴリーに分けられていて、ウォーホルが生まれたペンシルバニア州ピッツバーグ市で始まり、ピッツバーグ市からの展示で終る流れ。彼の両親は実はチェコスロバキア共和国(現在はスロバキア共和国)の出身者で、敬虔なカトリック信者だったそうです。14歳の時に父親を亡くした後も、毎週お母さんと礼拝に通っていたそう。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_18_PS11 by Brooklyn Museum

ここにウォーホル自身と並んで紹介されているのがお母さんのジュリアで、二人の兄を持つ彼は末っ子、成人してからもニューヨークでお母さんと住んでいたそうです。ウォーホルは度々猫や天使を自身のアート作品の題材にしていますが、それは彼のお母さんが良く落書きしていたモチーフなんだそう。

彼の信仰やお母さんの影響については、あまり知られていないようですが、それでも毎週礼拝に通う教会でキリストや聖人の絵を目にする機会は多かったことでしょう。

そんな敬虔なカトリック教徒の彼ですが、実は同性愛者でもありました。カトリック教は同性愛者に対して、今でも“自然に反する罪深いもの”と定義しています。それなのに残されたウォーホルの日記の何処にも、信仰と同性愛について悩んでいる兆しは見当たらないそうで、矛盾は絶対にあったと思うんですが…。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_20_PS11

右側の一番手前の写真は白黒のマリリン・モンローですね。

ウォーホルというと、1962年に発表されたマリリンのディスパッチ作品が世界的に有名です。カラーと白黒を融合させた目的は、生と死を現したということでしたが、ということはこの作品は彼女の死を表現したということでしょうか。

今回の展示は、カトリック教徒として、それに母と息子の関係性という彼の内面に焦点をあてたものなので、3大有名作品と言われているマリリンのディスパッチ、キャンベルスープ缶や毛沢東のカラーの肖像画などは見当たりませんでした。それでもマリリンの白黒作品があるのは、マリリン・モンローという存在を、セックスシンボルというよりは聖母に近く感じる見方も一般にあるからなのかもしれません。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_06_PS11 by Brooklyn Museum

故郷ピッツバーグにあるウォーホル美術館から持って来られたこの作品、聖母像の横に、6.99ドル(803円85銭、1ドル115円)と表示されているんですが、ここにこそ彼のカトリック教への傾倒と、同時に彼が成功を収めていたコマーシャリズムとの融合があると言われています。

14歳で父親を亡くしたウォーホルは、働きながら高校を卒業した後、地元のカーネギー工科大学(現在のカーネギーメロン大学)に進学、広告芸術を学んだ後1949年に卒業しました。卒業後はニューヨークに移り、ヴォーグ誌やハーパースバザー誌のイラストや広告で知名度を上げていきます。1952年には新聞広告美術部門で、アート・ディレクターズ・クラブ賞を受賞、その後ポップアート界のスーパースターとしての道を驀進することになります。

そうして1961年に発表されたキャンベルスープ缶の作品が、一世を風靡しました。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_03_PS11

タイトルには、“ウォーホルはビザンチン・カトリック教徒だった。その意味するところは?”と書かれています。左側の写真、一見するとゴツゴツしたコンクリートの壁のように見えるんですが、何かで集まっているたくさんの人です。ウォーホル自身も参加していたようで、そのうち彼のいる部分を拡大した写真が、扉を入ってすぐ展示されています。

アメリカでは、ディナーの席で宗教や政治の話はタブーだと言われるくらい宗教は人の内面に深く関わることとされていますが、これだけの人々の一人一人に、独特な宗教観があるということでしょうか。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_09_PS11 by Brooklyn Museum


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_12_PS11 by Brooklyn Museum

この作品など、ポップアートとはいいながら十字架なので、まさにカトリックの影響そのものと言えますね。骸骨も、ポップに彩られているとはいえ、死の象徴でしょう。

ポップアートのスターだった彼ですが、実は1968年40歳の時、過激なフェミニズム団体メンバーだったヴァレリー・ソラナスに銃撃されました。ソラナスはウォーホルに自作の映画脚本を渡したり、彼の映画に出演経験もあったそうですから、何がしかの人間関係のもつれが原因だったと言われています。

3発の銃撃のうち2発は外れたんですが、3発目が左肺、脾臓、胃、肝臓を貫通してしまったそうです。幸い一命はとりとめたものの、一時は重体に陥ったそうなので、きっと死を身近に感じた瞬間だったことでしょう。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_10_PS11 by Brooklyn Museum


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_16_PS11 by Brooklyn Museum

ビザンチン・カトリックに傾倒していたことが、ここに並ぶたくさんの遺品から伺えますね。敬虔なクリスチャンとしての彼と、一代を築いたポップアートのスターとしての彼。

銃撃したソラナスも常連だった彼のアトリエは、ファクトリーと呼ばれていたそうですが、アルミフォイルと銀色の絵の具でおおわれた無機質な空間だったそうです。この空間に、当時の綺羅星たち、ローリングストーンズのミックジャガーや、作家のトルーマン・カポーティ、売れっ子モデルたちがいつも集っていたと言われています。アーティスト達はもちろん、ウォーホルの才能に惹きつけられて集まってきていたとは思いますが、そんな彼の内面には古典的なカトリシズムが、いつでも満ちていたというのは驚きですね。

彼の最後の作品となったのが、レオナルド・ダ・ヴィンチの“最後の晩餐”に基づいた作品で、実は彼の幼少の頃、実家には“最後の晩餐”の版画が飾られていたそうです。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_15_PS11 by Brooklyn Museum


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_13_PS11 by Brooklyn Museum

上の白黒写真、横になっていてわかりにくいかもしれませんが、バスルームで撮影されたもので、ウォーホルの他に、フレッド・ヒュー、ボブ・コラチェロ、ビンセント・フレンモントの4人が写っています。

ウォーホルの向かって左側に立っているのが、25年にわたって彼のビジネスをマネージメントしたフレッド・ヒュー。1987年“最後の晩餐”のモチーフを発表した1ヶ月後に、胆嚢手術の合併症でウォーホルが亡くなった後、彼の作品や資産の管理までした人物です。二人三脚でウォーホルというアーティストを創り上げた人物だと言えます。

二人の間に顔をのぞかせているのがボブ・コラチェロで、ウォーホルの右腕と言われた人物でライターでした。彼の言葉によると、ウォーホルは著名人を惹きつけてやまない、強力な磁石のような人物だったと言います。

トイレの便座に座っているのがビンセント・フレンモント。ウォーホルのアトリエ“ファクトリー”を仕切り、彼の死後はウォーホル財団を立ち上げました。

ウォーホルの人生に深くかかわった3人の人物とのスナップが、バスルームで撮られて残っていることに、決して意図したものではないウォーホルという人物の不思議さが垣間見える気がしますね。


写真:DIG_E_2021_Andy_Warhol_Revelation_02_PS11 by Brooklyn Museum

“15分間の名声”という言葉が、ウォーホルの残した言葉の中で最も知られている名言だと言われています。“将来は、誰でも15分間は有名になることができる”と彼は言ったんですが、70年代の後半から人々が彼の先見の明にうなづくようになったものの、現代のようにインターネットが発達してSNSでバズるという状況こそ、まさに15分間の名声といえるのではないでしょうか。

ポップアートの先駆者だったからこそ、ポップな世界の先を予感することができたのでしょう。そんな彼の内面に、ポップとも15分間の名声とも全く対局にある、数千年も続いてきたカトリックがあったとは、本当に意外でした。人って、複雑な生き物なんだなとつくづく考えさせられる展示だったと思います。

さて、如何でしたか。

ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。

『ウォーホルの啓示、ブルックリン美術館から』ニューヨーク・ニューヨークVOL.127Takashi -タカシ-

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