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『挑発するカクテル、今パリで話題のバー“CRAVAN”へ』ヨーロッパ写真日和VOL.312

こんにちは、吉田タイスケです。数年前からカクテルやバーが流行しているパリ、今回はサンジェルマン地区に新しくできた今話題のバー「CRAVAN」を訪れます。

と言いつつも、ちょっと離れたルーブル宮殿あたりから歩きましょう。ここからCRAVANまでは徒歩10分ほど。最近時間に余裕のある時はわざと遠くの駅で下車して、目的地まで撮影しながらパリを歩くことにしています(実際は駅を間違えた)。

こちらはセーヌ川沿いの通りに並ぶ、ブキニスト(古書や絵葉書、ポスターを売る屋台のこと)。

現在、自分はパリから1時間ほど西に行ったノルマンディー地方に暮らしているのですが、パリから遠く離れると、引っ越す前に何年も見慣れていた風景に対して「ああ、これはやっぱりパリの風景だな」と改めて認識できるようになりました。

引っ越したことで、パリをもう一度旅できるようになったのかも知れません(←と言ってみる)。

この日のパリは30度を超す、茹だるような暑さ。観光客も参ります。

そんな中、青×白で夏のパリジェンヌは爽やかに。

がらんとした車道の向こうに見えるのは、ルーブル宮殿の一部。一年で唯一車が比較的少なくなる、8月のパリが好きです。

この時期はバカンスで閉めているお店も多く、夏の日差しを浴びながら街はまだ眠っているようです。

さて、そんな風にいつになく静かなサンジェルマン地区を歩きながらCRAVANに到着しました。

まずは駆けつけ三杯、ならぬカウンターで炭酸水を一杯、、外が暑すぎました。

時刻は18時を廻ったところ。夏至をだいぶ過ぎたとはいえ、8月でもパリの日没は夜21時過ぎです。「ギムレットには早すぎる」ならぬ、夕暮れと言うにもまだ早すぎる時間帯。地上階のお客さんはテラスに座った三人だけです。

ギムレットの有名なセリフは私立探偵フィリップ・マーロウの物語でお馴染み、レイモンド・チャンドラー著「ロング・グッドバイ」からの引用。

小説の中ではアルコールに関するエピソードが多く、中でも主人公の私立探偵マーロウと、物語の中で友人関係となるテリー・レノックスがバーで交わす会話が印象的です。

『夕方、開店したばかりのバーが好きだ。店の中の空気もまだ涼しく綺麗で、全てが輝いている。バーテンダーは鏡の前に立ち、最後の身繕いをしている。〜中略〜、バーの背に並んでいる清潔な酒瓶や、眩しく光るグラスや、そこにある心づもりのようなものが、僕は好きだ。バーテンダーがその日の最初のカクテルを作り、まっさらなコースターの上にのせる。隣に小さく折りたたんだナプキンを添える。その一杯をゆっくり味わうのが好きだ。しんとしたバーで、味わう最初の静かなカクテル、何ものにも換えがたい(レイモンド・チャンドラー著「ロング・グッドバイ」村上春樹訳、早川文庫)』

いつか、開店と同時に、誰もいないパリのバーに来てギムレットを飲んでみたいと思っていました(ミーハー)。CRAVANは17時から開いているので、チャンドラー世界に入りたい方は早めがおすすめです。

17世紀の建築を一棟丸ごとバーに改装したCRAVAN。地上階の天井や床には当時の装飾が残されています。

初まりは数年前、パリの食シーンをいつも賑わせているフランク・オードゥーが、パリ16区の歴史的建築の地上階にオープンした小さなカクテルバーでした。

良質な素材だけを使ったこだわりのカクテルを、よく冷えたバカラなどのアンティークグラスに注いで供する元祖CRAVAN(今でも営業中)はすぐに話題になり、今回はモエ・ヘネシーグループと提携という形で、サンジェルマン地区に新CRAVANが誕生することに。

建物内にバーは3つ(!)。地上階が歴史的建築の装飾を生かしたチャンドラーバー、じゃないグランドバー。1階より上は、これからご紹介します。

ちなみに、自分が前もって席を予約していたのは1階(日本式2階)です。まあ、8月の18時に来る人なんて誰もいないんですが(どこでも好きなところに座っていいよ、と言われました)。

1階は地上階とは打って変わって、モダンな雰囲気の装い。このまま腰を落ち着けたいところですが、一杯飲む前に2階、3階と続けて見に行きましょう。

2階はなんと、ブックストア。ファッション、音楽関係の本が多く置かれていました。ちなみにバーでメニューを見ると、おすすめの本が何冊かリストアップされているのもユニークです。

こちらは3階、0階1階と比べると、よりCosyな雰囲気です。かかっている音楽も違い、どちらかといえば静かにゆっくりと過ごせる空間になっています。

カクテル、フードメニューも3階だけは別。最初から3階に来てもいいし、順番としては下のバーで飲んで食べてから、3階でのんびり過ごすというのが定石でしょうか。

冬の夕暮れ、誰もいない時間帯にオープンと同時にバーに来て、サンジェルマン教会を窓から眺めながら、最初のカクテルをゆっくり味わうのも良いですね(←また始まった)。

さて、上を一通り見学してから、モダンな1階に戻ってきました。

ようやくカクテルの時間です。よほどメニューには載っていないギムレットを頼もうかとも思いましたが、ジンベースで白桃とジャスミンティー、ライムを合わせた「上海からの貴婦人(The Lady from Shanghai)」というカクテルにしました(←あれ、ハードボイルドから急に乙女になったな)。

『「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は、、」(レイモンド・チャンドラー著「ロング・グッドバイ」村上春樹訳、早川文庫)』

というわけで、乙女から再びハードボイルドに戻ってきました。カクテルの最初の一口は魔法のキス。そして三口目以降を知りたい方は、、、ぜひ本書をお読みください(←何の宣伝?)。

そして、このバーの魅力はカクテルだけではありません。お酒に合わせるつまみもイケてるんです。中でも在仏邦人に嬉しいのは温泉卵(!)。浸したダシも、黄身のテクスチャーもカクテル同様完璧です。

最後にひとつ言い忘れていましたが、この階段の下にあるサンドバッグ。

なぜここにあるのかをバーテンダーに訪ねたところ、「毎日いろいろあるだろ?日頃たまった鬱憤をさ、酔っ払った客がぶつけるんだよ、サンドバッグに」とのお答えでしたが、それはもちろん冗談。このサンドバッグはCRAVANという店名に由来しています。

オスカー・ワイルド(19世紀を代表する文豪のひとり)の義理の甥で、詩人で時にボクサーだったアルチュール・クラヴァン(1887-1918)という人物がいて、サンドバッグは彼の行動に由来しています。

ちょっと気になってどんな人物か調べたのですが、これが一筋縄ではいかない、「人生そのものが詩であり芸術活動」といえる型破りな人物でした。

詩人、CRAVAN(クラヴァン)の生き方は既存の秩序や常識、価値観を徹底的に破壊するといった「ダダイズム」そのもので、各国におけるエキセントリックな言動で名を馳せ(?)、20世紀初頭、ベル・エポックのパリに到着した際には「17カ国からの逃亡者」として、芸術家仲間から噂されるほどでした。

さらに素人同然だったにも関わらず、ボクシングで世界チャンピオンに挑んだり(もちろん、1Rでノックアウトされる)、ニューヨークで依頼された「芸術作品に対する講演」では酔って現れて、講演どころか洋服を脱ぎ出して警察に捕まる騒ぎに発展するという自由奔放ぶり。

ヨーロッパ文学の研究者、谷昌親がまとめた評伝「詩人とボクサー」の帯にはこうあります。

「ランボーよりも冒険的で、ワイルドよりも豪放で、ブルトンよりも過激で、デュシャンよりも繊細で、誰よりも絶望的な、伝説の詩人」。

この詩人のエピソードを聞いて、パリのCRAVANがますます好きになりました。誰にも、何の価値観にも囚われず、自由で、挑発に挑発を重ね、カクテルを通じて現実の枠を突き破るバー(←ただの酔っ払いの想像です)。

ハードボイルドから始まり、乙女なカクテルを経て、19世紀ダダイズムに沈んでいくパリの夜でした。次回の写真日和は未定です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。どうぞ良い夜をお過ごしください。

BAR CRAVANhttps://www.cravanparis.com/en

『挑発するカクテル、今パリで話題のバー“CRAVAN”へ』ヨーロッパ写真日和VOL.312staff

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