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ニューヨーク・ニューヨークVOL.85『ニューヨーク女性のシンボル、ジミーチュウ』

今日は、マディソンです。 

世界をパンデミックに巻き込んだコロナ・ウイルスですが、HIVウイルスを発見してノーベル賞を受賞した科学者が、そのゲノムは人が作ったもので自然に発生したものではないと発表しました。と同時にそれに反対を唱える科学者も世界中に現れて、一方アメリカ政府は公式に、武漢の食料品市場から流出したものではなく、その市場から数百メートルにあったウィルス研究所から流出したと発言しています。
まさに、ハリウッド映画の世界みたいになってきましたね。


(写真:Jimmy Choo)

クリスタルはついていなかったし、色も少し赤みがかったブラウンでしたが、このジミーチュウのベルベット素材のヒールが、今年初めにヘンリー王子妃で元ハリウッド女優のメーガン・マークルが、カナダ高官と会う折に目撃された靴でした。

ローカットのジミーチュウの靴は、脚を長く見せてくれると、メーガン妃も、義姉のウィリアム王子妃ケイト・ミドルトンも愛用しているようです。さらには、今は亡きダイアナ妃も、ジミーチュウのハイヒールは足が疲れないと愛用していたようで、多々レッドカーペットで目撃されていましたね。


(写真:Jimmy Choo)

このハイヒールで、アンジェリーナ・ジョリーを想像してしまうのは私だけでしょうか。

彼女がディズニー映画で、眠れる森の美女の魔女を演じて話題になった“マレフィセント。”その中で履いていそうなイメージなんですよね。もちろん現実の彼女もジミーチュウの靴は大好きなようですが、こうした装飾的なスタイルではなく、ヌードカラーのハイヒールを履いているところが多々目撃されています。ヌードカラーだと、さらに足が長く見えて、スタイル効果抜群、さすがです。

ジミーチュウのハイヒールが、こんなにも多くのセレブ女性たちに愛されているのは、ハイヒールとしてのデザインが優れているのはもちろんですが、履きやすさはもちろん、機能的にとても安定しているからなんですね。ハイヒールって歩きにくいという概念があったんですが、それを覆してしまったというのがチュウの靴の凄さだと思います。


(写真:Jimmy Choo)

そうそう、ジェニファー・ロペスも大のジミーチュウ靴マニアとして知られています。彼女の場合、ハイヒールだけでなく、スニーカーでもジミーチュウを愛用しているようですが。




(写真:Jimmy Choo)

では、このバッグからは誰を思い浮かべるでしょう。ええ、ジミーチュウ愛用者のニューヨーカー代表、サラ・ジェシカですね、もちろん。大ヒットドラマ“セックス・アンド・ザ・シティ”の中で、彼女がフェリーボートの後を追いかけて、“I lost my choo”と叫んだシーン、あのシーンの後、ニューヨークの女性たちが一斉にチュウを買いにショップに走りました。

ドラマでサラ・ジェシカ演じるキャリーは靴フェチとして知られていて、ジミーチュウやマノロ・ブラニックの靴はこのドラマでアメリカ中に浸透したと思います。ジミーチュウは元々イギリスのブランドなので、ダイアナ妃はそれ以前に履いている写真をパパラッチに撮られてはいましたが、キャリーの“チュウを無くしちゃったわ!”というあの叫びが、チュウのハイヒールの重要性をアメリカ女性に訴えて、一気にアメリカで人気ブランドとなりました。




(写真:Jimmy Choo)

ジミーチュウというとハイヒールがあまりにも有名ですが、男性用もあるようです。ポーチは流行りのパイソン柄ですね。実は2017年に、ジミーチュウ・ブランドは1.2ビリオンダラー(1,284億円、1㌦107円)で売却、マイクルコースの傘下に入りました。マイケルコースはバッグで成長したブランドなので、チュウの靴とのシナジー効果が大いに期待されたのだと思います。逆に言うと、チュウ・ブランドの方はバッグのブランド・エクステンションが広がっていくことでしょうね。男性用も含めて。


(写真:Jimmy Choo)

キャリー・ブラッドショーが最終的にミスタービッグと結婚したのが市役所で、ダイアナ妃のような世紀のドレスを着なかったとしても、彼女にはジミーチュウのこの靴だけは履いていてほしかったですよね。

ジミーチュウというブランドは、ジミーチュウというマレーシア出身の靴職人がイギリス版ヴォーグ編集長のタマラ・メロンと共同で1996年に立ち上げました。ジミーの実家は靴工房で、子供のころから父親の靴製作を手伝っていたそうです。ロンドンのアート大学卒業後にその実力をタマラに認められ、パートナーシップにいたったと聞いています。ところがブランドは成功したものの、2000年頃からタマラとのパートナーに次第にひびが入り、彼は自身の名前の付いたブランドを去りました。今では、限られたお得意だけのオートクチュール靴を製作しているそうです。


(写真:Jimmy Choo)

共同で立ち上げたタマラ・メロンも、2013年にはブランドを去り、自身のブランド“タマラ・メロン”を立ち上げました。タマラ・ブランドの靴の流れるようなヒール・ラインを見ると、ジミーチュウの靴のラインと似ている気がします。残念ながら、その彼女自身のブランドは、彼女個人のネットワークから高級デパートらに進出したにもかかわらず、わずか2年で倒産してしまいましたが…。

タマラはその後“イン・マイ・シューズ”という自伝を発表、ジミーチュウの立ち上げからタマラ・ブランドの倒産までを現したそのメッセージは印象深く、イギリスで映画化もされたようです。アメリカでは自分の立場に立ってみてほしいという意味を込めて、イン・マイ・シューズという言い回しをよく使います。タマラ自身の視点でその経験をつづった本ですから、ピッタリの言い回しだと感心しました。考えてみれば、彼女は超一流の編集者ですから、本のタイトルや編集はお手のものでしたね。

本来はイギリスブランドですが、“セクス・インザ・シティ”の街ニューヨークには3店舗あります。5番街とダウンタウン、そしてこのマディソン街ショップと。

“私のチューを無くしちゃったわ!”の、その一言が言いたいがために最初のジミーチュウを買ったのは私だけではなかったようで、ジミーチュウのショップはエピソード放映後一杯でした。靴購入者はお互い口には出さないものの、キャリー・ウォナビーなムードをみな、醸し出していました。今振り返ると、自分ながら少し恥ずかしいんですが…。

さて、エレガントなジミーチュウの靴やバッグ、如何でしたか。ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。

ニューヨーク・ニューヨークVOL.85『ニューヨーク女性のシンボル、ジミーチュウ』Takashi -タカシ-

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