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ニューヨーク・ニューヨークVOL.76『ピエール・カルダン、未来のファッション』

今日は、マディソンです。今年7月20日にブルックリン美術館でオープンした、ピエール・カルダンの回顧展“ピエール・カルダン、未来のファッション”展にずっと行きたいと思っていました。来年1月5日までの開催とあって、感謝祭からクリスマスのホリデーシーズンに突入する前に、何とか滑り込みセーフで見てきましたが、カルダンって本当は宇宙人だったんじゃないでしょうか?

ピエール・カルダン、実は1957年に文化服装学園の招待で来日しているんです。6週間物滞在して、ファッションデザイナーの卵たちを指導し続ける中、当時フリーでファッションモデルをされていた松本弘子さんを自身のショーに招待して、彼女はアジア人初のパリコレモデルとして鮮烈なデビューを飾りました。後にヴォーグ誌の日本担当編集者を務めた彼女、1960年から30回以上もカルダンのパリコレで活躍したそうです。

1922年にイタリアで10人兄弟の一人として生まれたピエール・カルダンの、お母さんはオペラ歌手のアシスタント、お父さんはワイン産業で働いていました。1924年、家族は当時イタリアに蔓延していたファシズムから逃れるため、フランスへと移住します。優秀な学生だったピエール青年は、服飾店でアルバイトをし、服の裁断やトレース、縫製などを覚えていったそうです。

1959年、カルダンはパリのデパート“プランタン”で、プレタポルテを発表しました。この時彼は“多くの人たちに自分のデザインした服を着てもらえること、自分のデザインをストリートに持ってくることが夢だった”と言っています。オートクチュールのデザイナーとしては世界初、工場で大量生産できる既製服のプレタポルテを発表したんです。この後イブ・サンローランや高田賢三が彼に続いて、70年代以降はすっかりプレタポルテが流行になりました。

それにしても日本人モデルをパリに呼んで初の東洋人モデルを起用したのも彼なら、ファッションを一部の富裕な人たちのものではなく、ストリートに持ってきたかったというのも、当時の世界のファッション業界事情を考えると信じられないくらい革新的なことで、未来に向けて先へ先へと駆られていた彼の姿が浮き彫りに現れてきます。



まるで宇宙服のようですね。1960年代に、アメリカとソ連が競い合っていた宇宙開発はカルダンに大きな影響を与えました。宇宙服をイメージした彼のコスモコール・シリーズでは、ビニールやアルミ箔、カルダインという独自に開発した合成繊維を使って、幾何学的でシンプルなデザインの服が作られたそうです。

アメリカで60年代初めに人気を博したテレビアニメ“ジェッツゾンズ”は未来家族ジェッツゾン家族の日常を描いたコメディーアニメなんですが、その登場人物たちが着ているような服が、カルダンのコレクションにはありました。未来社会に憧れ、宇宙に繋がるクリエイターだった彼。

カルダンは三角形など、さまざまな図形に興味を持っていたことで知られてもいますが、何といっても円形が一番彼らしいでしょう。

このバッグにも見られますね。

こんな大胆なショルダーのラインも彼らしいスタイルです。女性ながら、男性的にきっぱりとしたショルダーライン。オートクチュールデザイナーとして初めてのプレタポルテ発表。パリコレでの初めてのアジア人モデル起用。じつはそれだけではないんです。

男性のスタイルに柔らかさを取り入れ、女性のスタイルにはこうしたきっぱりとした力強さを表現し、結果今では他のデザイナーもたくさん取り入れてきている、ユニセックスなスタイル、そんなユニセックス・デザインを初めて提唱したのも、実は彼だったんですね。



およそ70年間もファッション界に君臨したピエール・カルダンは、ユニセックスと宇宙を表現した、当時最も革新的なデザイナーでした。ただ彼はライセンシングを駆使したビジネスマンでもありました。最初はきめ細かく優れた縫製を駆使したオートクチュールから入ったのに、ストリートへと、大量の既製服を一般の人たちに提供することで、その帝国を築いていったわけですから。

ただ、どんなに奇抜に見えるデザインでも、その縫製はしっかりしていて、しかもドレスのラインは流れるように完璧です。そうした技術力の確かさが、彼のデザインの未知なる部分を補って、どんなに売れる手助けをしたことでしょうか。

彼曰く、“スタイルとは、ファッションという世界を通じて、絶え間なくその時代時代を具現化してくれるものであり、常にそれ自身が新しく生まれ変わっていくもの。”

つまり彼にとってスタイルは、今の時代よりも次の時代を先取りしてみせてくれるようなもので、だからこそ未来へ未来へ彼の思考は思いをはせて行ったのでしょう。結果タイムマシーンで未来から来た人、あるいは宇宙人のように、続く時代では当然になったユニセックスやストリート性が、彼の造るスタイルには既に入り込んでいたのだと言えます。

さて、如何でしたか。ブルックリン美術館は初めてだったんですが、地下鉄の駅を降りてすぐでマンハッタンからのアクセスは抜群でした。広いフロアーを割いての展示は圧巻でしたし、今回は時間が無かったんですが、一階のカフェもとても美味しそうでしたよ。

ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。

ニューヨーク・ニューヨークVOL.76『ピエール・カルダン、未来のファッション』staff

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